カスハラ対応マニュアルの作り方|弁護士が教える「現場が動ける」設計

最終更新日:2026年9月16日

2026年10月1日、カスタマーハラスメント対策がすべての事業主の義務となります。

厚生労働省や東京都が公開しているマニュアルをダウンロードし、社名を差し替えて備え付ける。それで義務を果たしたことにしたい、というご相談を数多くいただきます。

しかし、それでは現場は動けません。

当事務所は創業以来、クレーム対応・カスタマーハラスメント対応を主たる業務としてきました。本稿では、実際に企業へ納品しているマニュアルの設計思想と作成手順を、可能な限り具体的に公開します。自社のマニュアルを点検する材料としてお使いください。

なぜ厚労省・東京都のひな形だけでは足りないのか

厚生労働省は2022年に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公開し、東京都も「カスタマー・ハラスメント防止のための各団体共通マニュアル」を公開しています。いずれも内容は優れており、カスタマーハラスメント対応の基本的な考え方を網羅しています。

問題は、これらが「考え方」を示す文書であって、「判断」を示す文書ではないという点にあります。

現場の従業員が求めているのは、目の前で怒鳴られている、その瞬間に使えるものです。「社会通念上許容される範囲を超えた言動」という定義を読んで、いま相手がそれに当たるかを判断できる従業員はいません。

さらに、クレームやカスタマーハラスメントの矢面に立つ現場の従業員は、そもそもクレーム対応が自らの労働契約に含まれているとは考えていません。その従業員に対し、カスタマーハラスメントの法的整理を理解したうえで日々の業務に落とし込めと求めるのは、現実的ではありません。

現場が困っている理由は、2つしかない

現場の従業員がクレーム対応に困難を感じる理由を分析すると、次の2点に集約されます。

1 「顧客」と「クレーマー」を区別する判断基準を持っていないこと
2 二次クレームやレピュテーションリスクを避けながら、クレーマーを退ける、または上長に引き継ぐ方法がわからないこと

UAゼンセンの調査では、迷惑行為を受けたときの対応について、55.2%が「謝り続けた」「何もできなかった」と回答し、37.6%が「上司に引き継いだ」と回答しています。つまり、クレーム対応にあたった従業員のほとんどが、どう対応してよいかわからないまま、ただ謝るか、上司に投げるかしかできていません。

同じ調査では、迷惑行為への対応を円滑にするために企業に求めることとして、「企業のクレーム対策の教育」(40.8%)が「法律による防止」(36.0%)を上回っています。従業員は、法規制よりも、自社からの具体的な指示を求めているのです。

当事務所が現場の従業員から直接ご相談を受ける際にも、相手に対する言葉の選び方、メールの文面に至るまで細かく指示してほしい、という要望が必ずといってよいほど出されます。

したがって、マニュアルに書くべきことは決まっています。上記2点に答えることです。

設計の要点(1) クレームを2つの要素に分解する

すべてのクレームは、次の2つの要素の組合せとして整理できます。

要素Ⅰ クレームの端緒となった事実関係(何が起きたのか)
要素Ⅱ その事実関係に基づく要求(何を求めているのか)

クレームを認識したときは、必ずこの2つに分けて把握し、記録に残します。この分解を怠ると、「何について、何を求められているのか」が曖昧なまま対応が長期化し、要求内容が次々に変遷していく事態を招きます。

そのうえで、要素Ⅰと要素Ⅱの双方を検討した結果、クレームは次の3類型に分かれます。

類型 内容 対応
A 法的根拠のあるクレーム 法律上、何らかの対応をする義務を負うもの 契約・法律に従って対応する
B-1 単純非法的クレーム 違法・不当とまではいえないが、要求に応じる法律上の義務はないもの 明確に、しかし丁寧に拒否する。または企業判断として一定の対応をする
B-2 違法・不当クレーム クレームそれ自体が違法または不当なもの いかなる場合も応じない

ここで実務上決定的に重要なのは、次の点です。

要求内容の正当性と、要求手段の相当性は、別々に判断する。

要求内容が正当なAのクレームであっても、土下座の強要、長時間の拘束、怒号といった手段を伴う場合は、カスタマーハラスメントとして対応すべきものです。要求内容が正当であることは、手段の不当性を正当化しません。

逆に、感情的な表現を伴っていても、要求内容が正当で、態様が社会通念上許容される範囲にとどまるものは、カスタマーハラスメントではありません。説明の求め、開示請求、待ち時間や接遇への率直な苦情は、正当な権利行使です。これらを「カスハラ」として扱えば、顧客の正当な権利を侵害し、企業の信用を損ないます。

「クレームを言う顧客イコールカスハラ」ではない。この線引きこそが、マニュアルを正しく運用する前提です。

設計の要点(2) 現場に「判断」をさせない

ここが、当事務所のマニュアルが他と最も異なる点です。

前項の3類型は、マニュアルを設計する側の枠組みです。これを現場の従業員に覚えさせ、その場で分類させようとすると、失敗します。

安全配慮義務の観点から重要なのは、初期対応にあたった従業員にこの区別を求めること自体が、その従業員に多大なストレスを与えるという事実です。従業員は、正解のわからない不安な状態でクレーム対応をすること、それ自体に強いストレスを覚えます。

したがって、体制整備とは、初期対応にあたった従業員が「自分が処理すべき事案か」「そのまま上長に引き継ぐべき事案か」を、その場で迷わず判断できる基準を設けることを意味します。

現場スタッフ向けの基準は、可能な限り明確に、できればスタッフが自ら考えることなく自動的に回答できる程度に単純なものとします。

現場向け判断基準の例

「金銭を求める発言があった場合には、直ちに本社に判断を仰ぐ」

「代替物の交換までは店舗の社員が決裁可。アルバイトは判断不可」

そのうえで、誰が対応責任者となるかを、事実関係と要求内容の組合せで決めます。複数店舗を持つ飲食店であれば、次のような基準が考えられます。

場面 対応責任者 対応
事実関係自体が不存在または不明
(例:食事に虫が入っていたと主張するが、完食しており確認できない)
現場の社員 要求を拒絶してよい
事実関係が認められ、要求が同等品の提供
(例:皿の中に虫の存在が確認でき、作り直しを求められた)
現場の社員 作り直しの決定をしてよい
事実関係は認められるが、要求が金銭・社長との面談・謝罪文の掲載など
(例:慰謝料として10万円の支払を求められた)
本社の
専門部署
現場では回答せず、引き継いで本社から回答する

企業がクレーム対応において二次クレームを発生させてしまうのは、この基準が明確でないことが原因である場合がほとんどです。法務部であれば適切に回答できたはずの事案で、たまたま初期対応にあたった従業員が方針に反する約束をしてしまえば、企業はその後、不利な状況での交渉を強いられます。

設計の要点(3) 引き継ぎ方を定型化する

判断させないと決めた以上、次に必要なのは「どう引き継ぐか」です。引き継ぎの過程で二次クレームが生まれては意味がありません。

マニュアルには、次の事項を定型として記載します。

  • クレームの類型ごとの引継ぎ先
  • 不快な思いをさせたことへの謝罪など、二次クレームを発生させないための定型問答
  • 「自分では判断できません。担当の者から回答させていただきます」という、実質的回答を避けるための言い回し
  • 回答期限の設定方法と、引継ぎ後の連絡方法

謝罪についても、書き分けが必要です。「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」という謝罪と、法的責任を認めることとは、別次元の問題です。他方で「こちらのミスです」といった責任の所在に関する発言は、事実関係の調査が終わるまで、現場で絶対にさせてはなりません。この線引きを、現場が使える言葉として文書化します。

拒絶の言い回しも同様です。理由を詳しく説明しようとすると、その一つひとつが新たな反論の材料になります。「当社の方針です」「どなた様にも同じ対応をさせていただいております」という公平性を根拠とする説明は、反論が困難で、かつ真実です。

設計の要点(4) クレーム対応連絡書を備える

複数の担当者が関与する以上、情報の共有と蓄積のための書式が必要です。当事務所では、クレーム対応連絡書(呼称は報告書、対応メモなど様々です)を必ず整備します。

最低限、次の項目を記載できるものとします。

  • いつ(クレームの原因となった事実関係の発生日時。クレームを受けた日とは区別する)
  • どこで(事実関係が発生した場所)
  • 誰が
  • 何により
  • どの程度の、またはどのような損害を受けたか
  • 損害を発見した経緯
  • その損害が現在どうなっているか
  • 要求の内容
  • 回答期限など、対応の過程で相手方と交わした約束

軽微だと自己判断して報告を怠ることは避けなければなりません。個々には軽微な事象であっても、同一人物について蓄積された記録は、後の取引終了の判断や法的手続において決定的な意味を持ちます。

マニュアルの作り方――トップダウンでは必ず失敗する

現場へのヒアリングから始める

マニュアル作成の最大のポイントは、経営陣からのトップダウンではなく、日々不当なクレームに苦しんでいる現場従業員からのボトムアップで作ることです。

当事務所では、まず初期対応にあたる可能性のある現場スタッフ(対応責任者に限りません)にお集まりいただき、どのようなクレーム事例が多いのか、どのような対応をすることが多いのか、対応にあたって現場として何に困っているのかを聴取します。そのうえで、問題となることの多い事例を中心にマニュアルを組み立てます。

一般的なひな形が現場で使われない理由は、この工程がないことに尽きます。

完全なマニュアルは、最初から作れない

マニュアルの弊害として指摘されることの多い「内容の硬直化」を避けるポイントは、頻繁に改訂することです。

当初から完全なマニュアルを作ることは不可能であると割り切り、クレーム対応における失敗やマニュアルの不備が生じるたびに内容を更新していきます。当事務所では、この改訂作業まで含めてご支援しています。

マニュアルは研修とセットで初めて機能する

作成したマニュアルを用いて、従業員研修を行います。具体的な対応方法はもちろん、対応の仕方によってはかえって大きなクレームリスクが生じることを含め、クレーム対応全般にわたって研修します。

初期対応にあたる従業員については、処理すべき事案とそうでない事案の区別、および二次クレームを発生させずに引き継ぐ方法に絞って研修します。その際、企業が初期対応者に求めているのはクレーム処理ではなく、適切に引き継ぐことである、という点を明確に伝えることが要点です。

マニュアル整備は「安全配慮義務の履行」である

精神疾患を原因とする労災請求が増加しています。厚生労働省の精神障害の労災認定基準では、「顧客や取引先から著しい迷惑行為を受けた」という出来事は、心理的負荷が「強」とされています。

出来事 心理的負荷の強度
顧客や取引先から著しい迷惑行為を受けた 強
内容が妥当な、正当なクレームを受けた 中

注目すべきは、内容が妥当な正当なクレームを受けた場合であっても、心理的負荷の強度は「中」とされている点です。不当なクレームでなくとも、対応そのものが従業員に負荷をかけています。

そして、クレーム対応が従業員のストレス要因となっている最大の理由は、企業が対応方法を共有していないために、従業員が対応の仕方がわからないことにあります。

2026年10月のカスハラ防止法施行により、カスタマーハラスメント対策を講じていないこと自体が安全配慮義務違反を構成する可能性が高まりました。マニュアルの整備は、法令上の義務であると同時に、従業員を守るための実質的な手段です。

徹底したルール化による安心感の共有こそが、従業員をクレーム対応のストレスから解放します。

当事務所のカスハラ対応マニュアル作成

業種によって、書くべきことは大きく変わる

当事務所が納品するマニュアルは、業種ごとに内容が大きく異なります。

医療機関

診療契約が準委任契約であり、医療機関が負う債務は「患者を治癒させること」ではなく「医療水準に照らして相当な医療行為を行うこと」であるという整理から始めます。この理解がないまま「治らなかったのだから非がある」という前提で対応すれば、本来応じる必要のない要求に応じてしまいます。加えて、応招義務と診療拒否の判断枠組み、医学的原因が疑われる言動への対応、感染対策への非協力といった、医療機関でしか生じない場面を扱います。

介護事業者

ご入居者とそのご家族という二重の相手方、身体介護に伴う密室性、虐待防止法制との関係を扱います。

小売・飲食

店舗スタッフとアルバイトの権限差、その場での即断が求められる状況を前提とした設計になります。

同じ「カスハラマニュアル」という名前でも、中身は別物です。

作成の流れ

手順 内容 期間の目安
1 ヒアリング 現場スタッフ・管理者からの聴取。実際に発生した事例、現場が困っている点の洗い出し 2〜3週間
2 設計 貴社の組織構造に合わせた対応責任者の設定、現場向け判断基準の言語化 3〜4週間
3 起案・ご確認 マニュアル本文の起案。貴社にてご確認いただき、修正 3〜4週間
4 研修・運用開始 マニュアルを用いた従業員研修。運用開始後の改訂支援 ―

納品物

  • カスタマーハラスメント対応マニュアル本文(貴社専用。分量は業種・規模により30〜50ページ程度)
  • カスタマーハラスメント対応ケースブック
  • クレーム対応連絡書の書式
  • 現場向け判断基準(対応フロー図・定型問答集)
  • 顧客向けカスタマーハラスメント基本方針(掲示・ウェブサイト用)

費用

区分 費用(税別)
顧問契約を締結いただいていない企業様 100万円~
カスハラシールド顧問 ベーシック(月7万円) 80万円~
カスハラシールド顧問 プロ(月10万円) 60万円~
カスハラシールド顧問 エンタープライズ(月20万円~) 30万円~

マニュアル作成のみのご依頼も承っております。分量・業種・ヒアリング対象の人数によって費用が変動しますので、まずはご相談ください。

※ 顧問契約の内容・費用についてはクレーム・カスハラ対応顧問の費用体系をご覧ください。

よくあるご質問

Q.厚労省のひな形を自社で書き換えるのでは足りませんか。

義務を形式的に満たすだけであれば、それでも一応は足ります。しかし本稿で述べたとおり、ひな形には「自社の現場で、誰が、どこまで判断してよいか」が書かれていません。その部分を書かないマニュアルは、現場で使われません。現に、実際の現場において、厚労省のひな形を配布することでカスタマーハラスメントを撃退することができるか、従業員を守ることができるかを試してみるのがよいかと思います。厚労省のマニュアルでカスタマーハラスメント防止を達成できるのであればひな形で十分ということになりますし、そうでないのであれば自社に合ったものを作成するべきということになります。使われないマニュアルは、実効性を確保するための措置を講じたと評価されない可能性があります。

Q.従業員が少ないのですが、必要でしょうか。

2026年10月1日施行の改正法は、労働者を1人でも雇用するすべての事業主が対象です。中小企業や個人事業主についても、経過措置はありません。

Q.どのくらいの期間がかかりますか。

ヒアリングから運用開始まで、2〜3か月程度を要します。施行日までに完成させることが困難な場合であっても、着手している事実と、暫定的な運用ルールを整えておくことには意味があります。

Q.作成した後、法改正があったらどうなりますか。

当事務所では改訂作業までご支援しています。また、実際の運用で不備が見つかった場合の更新も前提とした設計としています。

無料マニュアル診断のご案内

いま社内にあるマニュアルを、お送りください。

2026年10月1日の義務化基準に照らして、記載が不足している点、現場で運用できない点を、弁護士が確認してご報告します。費用はいただきません。

次のいずれかに当てはまる企業様は、ぜひご利用ください。

  • 厚生労働省・東京都のひな形をそのまま使っている
  • 数年前に作ったきり、見直していない
  • 作ってはあるが、現場で使われている実感がない

マニュアルをお持ちでない場合も、貴社の状況をお伺いしたうえで、何から着手すべきかをご提案します。下記フォームよりお申し込みください。折り返し、マニュアルの送付先をご案内いたします。

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