企業に対する民事責任発生のメカニズム

企業に対してクレームが発生する際、当該クレームには何らかの要求が入っているのが通常です。すなわち「Aという問題があった。だからBしてほしい。」という場合のBの部分です。

Bの内容としては、金銭的な支払いを求めるものもあれば、物品を要求するもの、従業員の土下座を要求するものまでその内容は様々です。そして、当該要求に応じるか否かを企業が決定するにあたって第一に検討する事項としては、当該要求に法的根拠があるか、という点です。

そのため、企業としては、クレームが発生する都度、まずは自社が法的責任を負っているか否かという点を確認する必要があります。

ここで、法的責任の発生根拠として、便宜上2つに分けて説明します。一つは特別な法律によって具体的な義務が規定されている場合と、もう一つは損害賠償や代替物の提供など民法に規定されている一般的な民事責任が発生する場合です。

前者については、特別法の要件・効果を把握することで対応が可能となりますが、問題は後者です。企業に対してクレームがなされる場合の多くは、民法に基づいて損害賠償の請求やそれに関連する請求である場合が多いです。

そこで、企業としては損害賠償又はそれに類する要求がなされる都度、当該要求が民法の損害賠償責任発生の要件を満たしているかという点を検討する必要があります。
具体的には、民法上損害賠償責任が発生する場合として、債務不履行責任と不法行為責任が想定されます。

債務不履行責任とは、企業として相手方に対して何らかの契約に基づいて債務(法的な義務という程度に理解してください)を負っている場合に、当該債務に違反してしまったために発生した損害を賠償するという責任です。例えば、婚礼用の花を提供する企業が、特定の期日までに必ず届けなければならない荷物(結婚式に用いる花)を、当該期日(結婚式)までに届けることができなかった場合です。

他方、不法行為責任とは、企業として相手方に対して何らの契約も存在せず、したがって何らの債務も負っていなかったものの、企業が何らかの違法行為をしてしまった結果、相手方に損害が生じてしまうような場合です。例えば、上記の企業が、花の運搬中に事故を発生させて通行人にけがをさせてしまった場合です。

このように、民法上損害賠償責任が発生する場面としては2つがありますが、いずれの責任についても、企業に法的責任が発生するメカニズムは同じです。
すなわち、ある行為(契約違反(約束通りに花を届けることができなかった)or違法行為(車両で衝突してしまった))と、相手方に発生した損害(結婚式において期待していた綺麗な花を披露することができず、嫌な思いをしたor怪我をして、治療費がかかり、仕事を休まざるを得ず、給料が減った等)との間に因果関係があることが必要です。

逆に言えば、企業のある行為(それが不適切な行為であっても)が存在してもクレームを申し出ている相手方に損害が生じていなければ損害賠償責任は発生しませんし、相手方に損害が発生していてもそれが企業の行為と無関係であればやはり企業に損害賠償責任は発生しません。

例えば、飲食店において、スタッフが誤ってつまずき、来店客に水をかけてしまった場合(ある行為)、ズボンに水がかかった来店客が損害賠償を請求してきたとします。しかし、この場合には当該客には損害が発生していません。通常、水はそれほど時間がかからず乾きますし、乾いた後は何らの跡も残りません。また、水がかかった程度では慰謝するべき精神的損害も生じないでしょう。
また、例えば、コンビニエンスストアの従業員の態度が悪かったという場合(ある行為)、それについて不愉快に感じたからといって、来店客には損害は発生していません。その程度の不快感で慰謝料が発生する余地はないからです。

ところが、このような事態が発生し、当該相手方が激高した場合、慌てた従業員が必要以上の謝罪や約束をさせられてしまうといった事態が往々にして起こります。
それは、当該従業員において、自らの行為に法的責任が発生するものではないという認識がないことと、企業としてそのような顧客に対する対応をどのようにするかという方針について明確にされていないためです。

クレーム・カスタマーハラスメントはあらゆる場面で起こり得るものであり、理不尽な要求や場面に遭遇した場合に、現場の従業員が自信をもって毅然と対応するためには、企業の方針は勿論のこと、いかなる場合に民事上の法的責任が発生するのかという基本的な考え方の理解が必要となるといえます。

従業員研修において丁寧な説明をすることで、これらの法的知識についての正確な理解をさせることで、従業員が自信をもってクレーム対応ができるようになることを期待できるのです。

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