小売業・サービス業のクレーム対応

 近年、「お客様は神様」という誤った顧客至上主義のもと、特に顧客との距離が近い小売業・サービス業では、顧客からの悪質なクレームによる被害が大きな問題となっています。 

20201018日、厚生労働省は、2021年度にカスタマーハラスメント(カスハラ)に関して企業向けの対応マニュアルを策定する方針を決めました。

今後、悪質クレーム対策に国や行政が精力的に取り組んでいくことが想定されます。

以下、小売業・サービス業の悪質クレーム事例を基に、企業としての対応について説明いたします。

タイプ① 暴言

・顧客都合の返品に対し、社内ルールで履歴等を検索して返金、返品をしなければならないため処理作業をしていることに対して、「早くしろ、いつまでやってんだ」と怒鳴られたり、クレームに対して「女じゃ話にならん」と大声で怒鳴られた。

・商品の在庫を尋ねられ、在庫が無い旨伝えたところ、「売る気がないんか、私が店長だったらお前なんか首にするぞ」と延々怒られた。

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 理不尽な暴言は頻繁にみられるクレーム類型といえます。

従業員の対応が低姿勢であることをいいことに、いわれのない暴言を吐くタイプのクレーマーです。

 このような理不尽な不当クレームが続いた場合、従業員のメンタルヘルスに問題を来すなど、企業活動のみならず従業員の心身にも看過できない影響を及ぼす可能性があります。 

 使用者としては、従業員に対する安全配慮義務の観点からも、クレーム対応マニュアルの整備及び周知徹底を図り、可能な限り従業員が受けるストレスを軽減することが肝要です。 

 また、顧客の暴言があまりにも過剰な場合には威力業務妨害罪(刑法234条)が、企業として退去を求めたにもかかわらず応じない場合には不退去罪(刑法130条)が成立する場合もありますので、企業として対応マニュアルに沿って毅然とした対応をするべき場合もあります。 

タイプ② 何回も同じ内容を繰り返すクレーム

・売場にない商品在庫については商品部に確認する必要があるところ、今すぐ答えろと長時間繰り返され、今すぐは答えられないと告げても理解してもらえず、長時間対応を迫られた。

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 脅迫的な発言や怒声等は浴びせないものの、執拗に同じことを繰り返すタイプのクレーマーも、従業員の精神に対する負担となり、また企業の業務を停滞させることが典型的な悪質クレーマーの一種です。

 この種のクレーマーは、自らの行為が刑法犯等に触れることのないように口調こそ丁寧にしつつ、延々とクレームをつけることで不当要求を通すことを企図します。

 企業としては、刑法犯をはじめとする犯罪行為にあたらないからといって、このような不当クレームに付き合うべきではなく、例えば一定の繰り返し発言がみられた時点で、又は企業としての明確な拒絶回答を告げたにもかかわらず自己の主張に固執するといった態度がみられた時点で、毅然としてそれ以上の対応を拒絶するべきです。

 そして、どのような基準(回数・時間・内容)でそれ以上の拒絶をするかといったことをクレーム対応マニュアルに規定し、従業員が都度の対応に迷わないようにすることが肝要です。

タイプ③ 権威的(説教)態度

・他の顧客に聞こえるような声で高々と「おまえは私の会社だったらクビだ!!」と言われた。

・当店で取扱いのない商品(コンビニ限定の商品)が欲しいと言われ、取扱いはコンビニのみと伝えたところ、「どうしてスーパーで置けないんだ」と大声で怒鳴られた。さらに、「仕入れしないほうが悪いんだ」「そんな屁理屈は通用しないんだ。早く仕入れ先に電話しろ。」と怒鳴られ、最後は「絶対ここでは買わない」と怒鳴りながら帰っていった。

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 タイプ①の派生型ということができますが、具体的な行為を要求している点で要求態様によっては強要罪(刑法223条)が成立する類型といえます。

 クレーマーが、自らの理不尽な要求を通すため、対応した従業員の生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知した場合、共用罪が成立します。

①の類型と同様、クレーム対応マニュアルによって社内体制を整備すると共に、企業として毅然とした対応を徹底することが肝要となります。

タイプ④ 威嚇・脅迫

・煙草の購入時に年令確認を求めたところ大声で「バカかおまえ」と言ってタスポを出し、「これがあるという事は20才過ぎているってことなんだよ、バカ、それくらい覚えとけ」と言われカゴを蹴られた。

・お客様が購入した包丁の切れ味が悪いとの事で返品対応した際、「高い商品買ったのに研いでも切れない」とその包丁をむきだしでこちらの顔まで近づけてきた。

・上長を出せと言われた為、店長と共に対応し、20分近く謝りつづけたが、その際、威嚇的に殴りかかるしぐさを何度もされた。

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 いずれも、直接的ではないものの暴力的な行為に出ているケースです。

 これを法律用語で有形力の行使といいますが、正当な理由もなく従業員に対して有形力の行使を行った場合、それが従業員の身体に直接触れなかった場合であっても、それが従業員の五感に作用して不快ないし苦痛を与える性質のものであれば暴行罪(刑法208条)を構成するというのが裁判例です(包丁を首に突き付ける行為について東京高判昭43.12.19)。

そもそも、上記のような行為に出た者はもはや顧客として取り扱う必要はなく、企業に対する違法な侵害者として排除・防衛の対象とするべきです。

 企業が毅然且つ一貫した対応を取りませんと、従業員としても理不尽な侵害者に対する対応に苦慮し、結果として強いストレスを抱えることとなります。

 企業としては、顧客と違法・不当クレーマーの選別基準を確立し、従業員に周知することで、従業員に無用なストレスのかからないような職場環境を整えることが肝要といえます。

タイプ⑤ 長時間拘束

・長時間(1時間半位)説教が続く電話がある。内容としては、昨年は7時開店だったのに、8時になったのはなぜ等という発言を延々と繰り返す。

・サービスカウンターでの食料品の会計を断ったところ、しつこく暴言を言われた後、「おれには時間がある、閉店までおまえにつきあえる」と言われ、長時間の対応を余儀なくされた。

・惣菜の価格が間違っていると言われ確認に行こうとしたら、待たせるなと怒鳴られ3時間説教され続けた。

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 長時間のクレームや説教、言い掛かりが延々と続く場合、対応している従業員としても話を切るタイミングの判断がつかず、延々と対応を余儀なくされる場合が少なくありません。 

また、中途半端に話を遮ると、より相手が激高するのではないかという恐怖心から、敢えて気が済むまで話を聞き続けるように指導している使用者もみられます。

 しかし、企業はストレスを抱えたクレーマーの捌け口ではありませんし、クレーマーの理不尽な説教を延々と聞くことは従業員の業務内容ではありません。

かかる理不尽且つ無意味な対応を従業員に対して強いること自体が安全配慮義務違反を構成するリスクがあります。

 もっとも、企業として明確にこれ以上の対応を拒絶するという基準設定をしないと、従業員としては、どこまでが「サービス」であるのかの判断がつきません。

 そのため、企業としては、クレーマーの説教が継続した場合についても判断基準を類型化のした上、話を切り、対応を打ち切るタイミングについて周知徹底することが肝要です。

タイプ⑥ セクハラ行為

・夜間勤務中に品出しをしていたら、男性から肉体関係の誘いを受けた。

・男性から体型の事をしつこく言われた。

・来訪客から「彼氏はいるのか。結婚はしているのか」などプライベートを聞   かれ、30分間、ずっと話を聞かされた。

・商品の案内していたら後ろからお尻をさわられ、接客していたら「年、いくつ?」などを聞かれた。

・食事、お茶、カラオケに誘われたり、電話番号を聞かれたり、レジをしていても横から話しかけられたり、お店の外で待ち伏せされたりした。

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 顧客によるセクシャルハラスメントも事案として多くみられるところです。

 セクハラは、当然ながら職場内で行われたものでなくとも不法行為(民法709条)として損害賠償請求の対象となる行為であり、企業として従業員がセクハラ被害に遭っている場合、断固として当該侵害行為を排除し、企業として従業員を防御する必要があります。

 また、侵害者の行為が身体的接触を伴う場合には、行為態様によっては強制わいせつ罪(刑法176条)の成立もあり得るところであり、企業としては警察への連携も含め、徹底した対応が必要です。

  セクシャルハラスメントについては、クレーム対応マニュアルに規定せずとも行為として違法性についての判断が容易な場合が多いですが、執拗な交際要求等セクハラであるかの判断が難しい場合もありますので、従業員が判断に迷わないよう、可能な限り行為を類型化してマニュアルに対応方法を落とし込むことが肝要です。

タイプ⑦ 土下座の強要

・商品不良のため返金を実施した際、丁寧に謝罪しても納得されず、土下座での謝罪を要求された。

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 典型的な悪質クレームの一つで、強要罪が成立します。

 いかなる理由であっても、従業員が土下座を強要されることが容認される場面はありません。企業としては、企業の不手際は不手際として真摯に謝罪をするとしても、土下座という理不尽な要求には応じかねるという姿勢を明確に打ち出しましょう。

 

出展:UAゼンセン流通部門調査2017 年 10 月発行「悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査結果速報版資料アンケート回答抜粋事例内容」

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