電気ストーブに関する損害賠償請求事件

裁判年月日

東京地方裁判所H17324日判決

 概要

 被告が販売した電気ストーブが発する化学物質により、化学物質過敏症を発症したとしてなされた不法行為に基づく損害賠償請求が、そもそも化学物質の曝露による中枢神経機能障害・自律神経機能障害さらにはこれに伴う化学物質過敏症であるのか疑問があるうえ、原告の症状と本件ストーブから発生する化学物質との因果関係についてもこれを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ないとして棄却された事例。

 原告側の主張

 被告店舗にて購入した電気ストーブを使用したところ、本件ストーブから有害化学物質が発生し、これにより原告は中枢神経機能障害及び自立神経機能障害を発症し、さらには化学物質過敏症の後遺症が生じた。なお、原告提出にかかる証拠として、原告の主張を裏付ける診断書が提出されている。

なお、被告は百科小売業を営む法人であるところ、本件ストーブは輸入品で、被告が直接の輸入車ではない。もっとも、輸入者は形式的には補助参加人(本件ストーブの輸入販売会社)であるが、補助参加人は製造業者である台湾の法人の日本における出先機関たる法人でしかなく、実質的には、被告が製造元の台湾の法人から直接本件ストーブを輸入したものとみるべきである。

 被告側の主張

 原告の症状は病院において診断されているように「脳幹脳炎」であるところ、脳幹脳炎にはウィルス性等様々な原因が考えられ、心因性疾患の可能性もあり、実際原告は車の排気ガス、殺虫剤、ペンキ・シンナー等化学物質に全く反応しないか、わずかに反応するとだけ回答しているのであり、その他化学物質の発生原因についても、本件ストーブ以外に家屋そのものや他の電化製品など様々な要因が考えられ、本件ストーブだけを取り上げて原告の発症原因とすることはできない。

 裁判結果

 本件ストーブを稼働させることにより化学物質が発生したとしても、それが直ちに人体に悪影響を与えるというわけではなく、室内濃度値もいかなる条件においても人に有害な影響を与えることを意味するのではないというのであり、したがって室内濃度値を超えたからといって、直ちに当該化学物質が原告の症状の原因であると断ずることはできない。

原告の症状が、そもそも化学物質の曝露による中枢神経機能障害・自律神経機能障害さらにはこれに伴う化学物質過敏症であるのか疑問があるうえ、原告の症状と本件ストーブから発生する化学物質との因果関係についてもこれを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ないとして、原告の疾患と本件ストーブとの因果関係を否定した。

本件ストーブは補助参加人が台湾の法人から輸入し、被告が補助参加人から仕入れて販売したものであり、原告らの主張のように、補助参加人が台湾法人の単なる出先機関に過ぎないと認めるべき証拠はないから、被告は製造物責任法3条にいう「製造業者等」には該当せず、製造物責任法3条の責任は問題とならない。また、規制法は電気ストーブを規制対象にしていない。平成12年3月から平成15年9月まで約30万台が出荷され、被告も約半年の間に5000台以上を販売しているにもかかわらず、原告以外に同様の症状を訴えた者の存在がうかがわれないなどの事情に照らせば、およそ被告に本件ストーブの危険性についての予見可能性は認められず、したがって債務不履行及び不法行為責任も成立しないといわざるを得ない。

 原告らは、被告との間に、原告が原告の症状と本件ストーブ使用との因果関係さえ立証できれば、その余の主張・立証にかかわらず、被告が、原告に対し、損害賠償として5億円ないし10億円を支払うとの合意が成立していたとも主張するが、かかる合意が成立したと認めるに足りる証拠はない。よって、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却する。

 コメント

電化製品を原因とした健康被害や傷害発生といった訴えからはじまるクレームは少なくありません。特に、当該製品についてリコールが発生したような場合には、多くの消費者から製造メーカーに対し、様々なクレームが寄せられる傾向にあります。

本件訴訟における訴額は合計5億円であり、請求そのものの企業経営に対する影響もさることながら、被告企業としては請求が認容された場合のレピュテーションリスク(風評リスク)も抱えながら訴訟対応をすることとなります。

本件の特徴として、原告がその主張に沿った診断書を複数提出し、独立行政法人国民生活センターに同様の苦情が寄せられているという内容の証拠を提出(裁判所の調査嘱託の結果)しているものの、前者については直ちに因果関係を肯定する材料とならないとして、後者については同様の苦情を届け出たのが原告であることを認定し、いずれも原告に有利な判断材料としなかったという点が特徴的です。

 本件のように、ある主張について、原告側からその主張に沿った診断書やもっともらしい証拠が提出されることはままあります。

製造メーカーとしては、クレームがなされた初期の段階から、積極的にクレーム主体と接触し、クレーム主体の主張(とその変遷)を記録すること、クレーム主体が拠り所とする証拠について反駁する証拠を初期対応段階から準備することで、想定外の請求に対する対処をすることができるといえます。

 無論、社内で調査した結果、クレーム内容である欠陥が実際に存在することが判明した場合には、直ちに適宜適正な情報開示を検討し、企業姿勢そのものに疑問を抱かれ信用を失墜することのないような対応が肝要です。

 すなわち、自社製品を原因とした健康被害の訴えがあった場合には、当該クレームの当否にかかわらず迅速な対応をすることが、当該事案が企業にとって致命的な問題に発展させないためのポイントであるといえます。

 

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