スーパーマーケットに対する損害賠償請求事件

裁判年月日

東京地方裁判所平成31220日判決 

概要

 原告が被告の従業員であったCから暴行及び名誉棄損行為を受けたなどと主張して、①使用者責任に基づく損害賠償金の支払いを求めるとともに、②不法行為に基づく名誉回復措置として謝罪広告の提示を求めた事案である。 

クレーム内容(原告の主張)

 当初、原告は本件店舗を訪れ買物をしていたが、棚の整理をしていた本件店舗の女性従業員の作業音が気になったため、同従業員に対し、閉店後にできないかなどと苦情を述べたところ、同店員はその場から離れた。更に原告は、その場を通りかかったCに対し、棚の整理作業を閉店後にできないかなどと苦情を述べた。その後、原告はCに対し、上記女性従業員の対応等について苦情を述べ、お客様相談室のようなものがあればその連絡先を教えるよう求める等し、その後原告とCは口論となった(以上、判決による認定内容)。

そのような経緯を前提として、Cは原告に対し、いきなり無言で裏拳のようなものを繰り出し、原告の左目に当てるという暴行をし、これにより、原告は左眼球打撲傷及び急性結膜炎の障害を負った。

また、Cは、原告をサービスカウンター付近の壁際に追いやり、原告に対し、「待ちなさい、ここにいなさい」などと大声で延べ、原告の行動を不法に抑圧した。

さらに、Cは原告に対し、他の従業員及び不特定多数の客の面前において「営業妨害だ、営業妨害。分かった、営業妨害でちゃんと今警察来ますからね。」、「あなた自身が訳のわからないクレームを言ってきて営業妨害している。異常なことなんです。警察に行ってください。ちゃんと。」「あなた自身が嘲笑の的なんです。」「あなたみたいな人が一人でも減ってくれることを私祈ってる、本当に。」と大声で言い放った。

 会社側の対応

 Cは、原告が本件店舗内で禁止されている動画撮影を開始したことから、これを停止させるため、原告のタブレットの方向に手を伸ばしてタブレットを引き下げたにすぎず、原告に対して裏拳のようなものを繰り出すなどしていない。

また、Cの発言は認めるが、Cの発言は原告の発言に応じたものであり、事件当時、本件店舗のサービスカウンター周辺には従業員等3名がいただけであり、客はほとんどいなかったこと、原告が当時マスクを着用しており、原告の氏名を知る者もいなかったことからすれば、Cの発言は公然性がなく、名誉棄損に当たらない。

 裁判結果

 本件暴行について、原告本人の供述部分を直ちに採用することはできず、他に本件暴行を認めるに足りる的確な証拠はなく、原告のタブレット画像及び防犯カメラの画像等の客観的な証拠に基づいて認定するのが相当である。

本件抑圧行為においては、本件店舗で禁止されている撮影行為を原告が継続していたことからすれば、従業員であるCが、他の客の迷惑等となることを防止するため、原告に対してその場から移動しないよう求めるなどしたことにより、原告において、1分弱の間、その間に留まることを余儀なくされたとしても、これをもって社会的相当性を逸脱したものということはできない。

Cの発言については、Cは原告に対し、公然と、①「営業妨害だ、営業妨害、分かった。」、②「営業妨害でちゃんと今警察来ますからね。」、③「あなた自身が訳の分からないクレームを言ってきて営業妨害している、異常なことなんです。警察に行ってください、ちゃんと。」、④「あなた自身が今嘲笑の的になってるんです。」、⑤「あなたみたいな人が一人でも減ってくれることを私祈ってる、本当に。」と言ったこと(本件各発言)が認められる。

このうち、①ないし③の発言は、原告が営業妨害を行った事実を適示するものであって、原告の社会的評価を低下させるものといえる。しかしながら、前記1認定事実によれば、原告は、本件店舗内で禁止されていた撮影行為を行っていたものであり、同撮影行為が本件店舗の正常な営業に支障を来たすものであることは否定し難いことからすれば、Cの本件各発言のうち①ないし③の発言は、公共の利害に関する事実であって、かつ、その重要な部分が真実であると認められる。また、Cは、原告の本件店舗内での撮影行為を停止させるため、本件各発言のうち①ないし③の発言に及んだものであるから、その目的は専ら公益を図ることにあったと認められる。そうすると、Cの本件各発言のうち①ないし③の発言は、違法性を欠くものというべきである。

他方、④⑤の発言については、具体的な事実を適示するものではなく、名誉毀損には当たらないが、このような発言が、原告の撮影行為を停止させるためなど、本件店舗の正常な運営等に必要なものであったとは認められないから、社会通念上許容される範囲を超えたものとして、原告に対する不法行為を構成するとした。

そして、Cが各発言をするに至った経緯その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、Cの本件発言により原告が被った精神的苦痛を慰謝するために必要な金額は5万円と認めるのが相当とした。

 コメント

 カスタマーハラスメントの事例のうち、初動対応を誤ったために被害者であるはずの店舗側が損害賠償義務を負うとされてしまった典型的な事例といえます。

まず、Cが原告をクレーマーとして毅然とした態度で対応したこと自体はクレーム対応の初動として誤りではありません。当初からの原告のクレーム内容自体、店側として正当な要求として対応を要するものでないことは明らかであるためです。

しかし、Cが原告と口論となったあたりから、クレーム対応としては誤りであるといえます。判決文からは、両名の間で具体的にどのような内容の口論がなされたものかは不明ですが、口論となったということは、Cも相当程度感情的になっていたことが推認されます。

この点、クレーマーに対して毅然と対応するということは、クレーマーに対して感情的に対応するということを意味しません。むしろ、クレーム対応手法が確立している組織においては、事前に定められた適切な担当者が、事前に定められたルールに従って適切にクレーム処理を行うのであり、担当者が感情的になる必要性がありません。

むしろ、クレーム対応において、対応者である従業員が感情的になることは最も避けるべき事態であるといえます。

何故なら、BtoC企業におけるクレーム処理においては、クレーム対応時に気をつけるべきこととして、当該クレーマーの不当請求に屈しないという点のみならず、そのクレーム処理を目撃する他のお客様に会社のクレーム処理の在り方を通じて会社に対して悪い印象を抱かせないという点が、企業のレピュテーションリスクの管理という点では何より重要だからです。

本件における原告がそうしたように、昨今のクレーマーは動画等を撮影し、インターネットにアップして当該企業の在り方を「晒す」ことで企業のレピュテーションをさげようとしてきます。そのため、企業のクレーム対応の現場においては、当該請求そのものに対する対処のみならず、レピュテーションリスクをいかに回避するがポイントとなるのです。

このようなレピュテーションリスクをも視野に入れた対応をするためには、企業毎にクレーム対応マニュアルを作成し、当該マニュアルに沿って徹底した従業員研修を行うこと、もしもの時にはいつでも弁護士に依頼して法的措置がとれるという安心感が現場従業員の一人一人にまで浸透していることが極めて重要です。

  なお、原告の主張のうち、Cに暴行をされたという点については、防犯カメラの映像等客観的証拠から暴行の事実が否定されています。

この点、原告は診断書を提出しているところ、一般に裁判所は診断書を信頼する傾向にあります。証拠として提出された診断書に対抗するためには、客観的証拠をもってするのが適切です。そのため、店舗内で生じる事態については可能な限り客観的証拠を揃えるのが、不当請求を防ぐという観点からも重要であるといえるでしょう。 

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