葬儀会社に対する損害賠償請求事件

裁判年月日

東京地方裁判所令和元年820日判決 

概要

 原告らの父親であるA(生前、生活保護受給者)の葬儀を行った社会福祉法人である被告が、「納棺の儀」を実施するかについて意向確認をせず、原告らが依頼した「旅支度」をあえて実施しないなど、原告らの宗教感情を著しく毀損する不法行為を行ったと主張した損害賠償請求事件。

 クレーム内容

 原告らは被告に生活保護葬(通夜などの儀式的なことは行われず、基本的に火葬のみが実施されることになっていた。)を依頼した。その際、原告らはAの遺体に旅支度を施すことと、自らの出捐で、献花、遺影の作成、初七日法要の実施を依頼したが、納棺の儀は実地されず、Aの遺体に旅支度はされないまま火葬された。原告らが帰依している宗教の宗派においては、遺体に対して旅支度が施されることによって、初めて故人は成仏できるものとされているところ、これを実地しないことは、原告らの宗教感情を著しく害するものといえる。

被告において、生活保護葬の対象者は遺族が存在するか否かに関わりなく、恒常的に軽く扱い、一方的に納棺の儀及び旅支度を省略している表れであり、不法行為の態様は極めて悪質である。

 事業者側の対応

 Aの葬儀において、原告らの立会の下で納棺の儀が行われず、結果として旅支度がされなかったことは認めるが、これが直ちに不法行為にあたるとは言えず、事前に納棺の儀を行ってほしいとの要請を受けていない。また、旅支度を求める具体的な根拠(信仰している宗教の存在)についても説明をされていたわけでもなかった。

被告は不手際を認めたうえで、その原因を説明し、謝罪をしている。さらには、住職から助言を受けて、Aが成仏できるように、被告の費用負担で法要を行うことを提案、訴訟に先立つ調停において、合計20万円の支払提示をしたが、原告らは慰謝料増額を求め、訴訟に発展した。 

裁判結果

 原告らに対する各11万円およびこれに対する年5%の遅延損害金の支払いの限度で請求を認容した(内訳として、10万円が慰謝料、1万円は弁護士費用)。

判決の理由として、以下の通りである。すなわち、被告が納棺の儀を実地するかについての意向確認を怠ったことは保護されるべき人格的利益を損なうものであり不法行為といえるが、生活保護葬の実情からすれば、重大な過失と評価することはできず、軽度の過失にとどまる。

旅支度が施されなかったことについても原告らに対する不法行為を構成するが、その経緯は伝達ミスであり、原告らが主張するような恒常的に遺族を蔑ろにしていることの表れであるとする客観的根拠はない。

 原告らにおいて精神的苦痛が生じていると認めることができる一方で、Aの遺体が火葬される前に旅支度がされていないことを認識し、これを被告に訴える機会があったにも関わらず、葬儀の進行等を優先して、あえてこれをしなかったことから、精神的苦痛が大きいということはできない。 

コメント

 葬儀における不手際は取り返しのつかない事態となることが多く、仮に訴訟に発展した場合には、遺族が受けた精神的苦痛の回復が困難であると認定されやすい紛争類型として、対処が困難なクレームといえます。

本判決は「遺族にとって,故人の葬儀のあり方は,葬祭業者との間で直接の契約関係があるかどうかにかかわらず,宗教感情,故人に対する追慕の感情,内心的平穏といった人格的利益に重大な影響を与えるのが一般的であるといえるから,業として葬儀を行う被告においては,遺族のこれらの利益が実現するよう配慮することが社会的に要請されていると見るのが相当」と判示しています。このように、契約関係の有無に関わらず遺族感情に配慮するべき義務は葬儀業者固有の義務として、紛争発生防止の観点からは常に意識をするべきといえます。

 他方、本判決は慰謝料額算定にあたり、被告が数時間にわたって謝罪を行っていることや被告の費用負担により法要を行うことを提案していること等、被害回復のための措置をしていることを評価しています。

そのため、社内調査等の結果、葬儀運営において不手際があると認められた場合には、法律家と相談のうえ、任意交渉段階で相応の慰謝料支払いの提案を行う等して積極的に遺族感情の慰謝に動くことも一考といえます。

 葬儀に際しては、種々の理由から遺族が様々な考え・拘りを持っていることが珍しくないため、葬儀実行にあたっては事前に遺族の意向をよく確認することがクレーム発生防止のポイントであるといえます。 

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