結婚式場へのインターネット掲示版投稿に関する裁判例

裁判年月日

東京地方裁判所令和2312日判決

 概要

 原告が被告に対し、インターネット上の掲示板において原告の信用を毀損する投稿を行ったとして、不法行為に基づき、損害賠償として5177040円等の支払いを求めた事案。

原告はブライダル事業を営み、結婚式場を運営する株式会社である。

被告は原告の従業員である。

 会社の対応と主張

 原告の親会社はインターネット上の掲示板の管理者に対し、本件各投稿を含む本件スレッドの投稿に係る発信者情報開示請求し、同管理者からIPアドレスの開示を受け、プロバイダに対し、発信者情報開示請求をし、本件各投稿の発信者の氏名住所として被告の氏名住所の開示を受けた。被告が行った本件投稿により、原告の信用が毀損された結果、原告が運営する結婚式場の婚礼売上は、平成30年に前年度比で298402000円減少した。少なくともその約1%に相当する300万円は、本件各投稿と相当因果関係にある損害に該当する。

 被告側の主張

 本件各投稿は、被告が自宅で面倒を見ていた元同僚が被告のパソコンを用いて投稿したものである。本件投稿では、原告の商号や結婚式場の名称は記載されていない。また、ホームページやパンフレットもいずれにも支配人名は記載されていないから、本件各投稿が原告に関するものと読み取ることはできない。さらに本件投稿は表現の自由の範囲内である。

本件掲示板では根拠のない誹謗中傷を内容とする投稿が多数あり、閲覧者がその内容を信じるとはいえない。よって、本件各投稿と原告の婚礼売上との間に因果関係があるとはいえない。

 裁判結果

 本件各投稿の経由プロバイダから、本件各投稿の発信者の氏名住所として被告の氏名住所が開示されたことが認められるから、被告が本件各投稿をしたと推認するのが相当である。

支配人の悪評は社内等に広く知れ渡っていること等を摘示は、支配人という重要な地位にいる者についてその犯罪歴やモラルのなさ、能力の低さ、さらには同人についての悪評の流布等を指摘するものといえ、ひいてはそのような人物を支配人としている原告の信用を毀損するものというべきである。そしてこれらの投稿によって摘示された事実を真実と認めるに足りる証拠はなく、その他上記信用棄損の違法性を阻却する事由は認められないから、上記各投稿は原告に対する不法行為に該当するというべきである。

信用棄損に対する賠償額としては80万円をもって相当と認める。

その他に発信者情報開示請求費用のうち40万円、弁護士費用8万円を損害として認める。

 コメント

 本件はクレーム事案ではありませんが、クレーマーが口にすることが散見される「ネットに書き込む」という企業に対する誹謗中傷が実際になされた事案において(ただし、本件における投稿者は従業員)、会社が発信者開示の手続をとって投稿者を特定したうえ、損害賠償請求をした事案です。

ネットにおける誹謗中傷が社会問題化している昨今、企業に対する誹謗中傷事案にも無視できないものが多数存在します。

 本件では、前提としてIPアドレスの開示によって特定された個人である被告を発信者であると認定し、元同僚が書き込んだものであるという被告の主張は排斥されています。

本件におけるように、クレーマーからいわれのない誹謗中傷を受けた企業としては、発信者のIPアドレスの特定を行うことは必須の前提作業となります。

  本件の特徴として、原告は前年売上の減少額に割合的に本件投稿の影響を1%と試算して300万円を損害額であると主張したことに対し、裁判所は理由を付さずに「このような信用毀損に対する賠償額としては80万円をもって相当と認める。また,その1割に相当する8万円については,被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として損害と認められる。」と結論のみを述べて損害額を認定しました。

 また、原告が本件投稿にかかる発信者を特定するため掲示板の管理者および経由プロバイダに対して発信者開示請求を行った費用として1512000円を主張し、裁判所も同額の費用が掛かったこと自体は認定しましたが、「これらの手続は,本件各投稿が匿名でされたことからして,不法行為者の特定のために必要な手続であったと認められ,手続の内容なども考慮し,そのうち40万円を被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認める」として、原告が実際に支出した費用全額を損害とは認めませんでした。

 更に、原告が今後の対応に関する法律相談をした際に支払った弁護士費用については、不法行為との相当因果関係を否定し損害とは認めず、上記のとおり信用棄損を理由とする賠償額の1割である8万円のみを弁護士費用として認めました。

 このように、クレーマーによりネット上に誹謗中傷がなされた場合に、企業が対応のために現実的に支払った費用や実際に発生した損害全額が、裁判所によって実際に支払いが命じられるわけではありません。

そもそも、本件訴訟においても現れているように、売上の減少は種々の要因が複雑に絡み合って生じるものであり、企業としてクレーマーの誹謗中傷によって発生した固有の損害がいくらであるかを立証することは困難です。

 しかし、そうであっても企業として、クレーマーによるいわれのない誹謗中傷に対しては、レピュテーションリスクを避けるため、費用対効果を度外視で毅然と対応しなければならない場面があります。

 クレーマーによるいわれのない誹謗中傷を放置することにより生じる損害は対応のためにかかる費用を遥かに上回る可能性があり、以後の企業活動に暗い影を落とすこともあるため、早期に対処する必要性が高いためです。

 

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