病院に対する謝罪広告、慰謝料請求事件

裁判年月日

東京地方裁判所令和226日判決

 概要

 原告は被告の運営する病院にて慢性腎不全等の治療のため、定期的に透析治療を受けていた。原告は定期透析を受けて帰宅した後、悪寒や痙攣等の症状を生じ、救急センターに搬送され、肺炎と診断され、同日中にAメディカルセンターに転送され入院したが、その際、被告病院に勤務する看護師によって、体幹ベルトを用いてベッドに拘束されたことが違法な身体抑制であり、かつ、その事実を同病院内に周知されたことによって、名誉を棄損されたと主張し、被告に対し、不法行為に基づき、謝罪広告と慰謝料110万円およびこれに対する遅延損害金を求めた事案。

なお、原告主張によれば、原告は抑制の23日後、入院時に原告を担当していない看護師から「大変だったね。」「えらい目に遭ったそうだね。」などの声をかけられた。被告病院内で抑制に係る経緯が知れ渡っており、原告があたかも問題性のある患者であるかのような悪評が流布されたことで、原告の名誉は毀損されたと主張した。

クレーム内容(原告の行為態様)

 入院中の原告は、午後8時ころ、夕食後の睡眠から覚醒した後、翌日の透析治療の予定を教えられていないとして怒り始め、退院して自宅に帰る旨大きな声で述べてベッドから立ち上がり、歩き始めるなどした。その後、原告の求めにより原告妻が病院に訪れたが、その後も原告の興奮状態は収まらず、妻や看護師等に怒声を浴びせるほか、殴りかかるかのような素振りも見せた。

その後、原告は午後11時ころ覚醒し、ナースコールを頻繁に行い、大声で病室に関する不満を述べたり、退院し帰宅する旨述べたりしたため、看護師等はそのたびに病室を訪れ原告の訴えを傾聴するなどして原告を落ち着かせることを試みた。原告はいったん落ち着いた様子を見せることもあったが、すぐに同様の興奮状態になった。

そのため、看護師らは原告に対して体感部分をベッドに固定して抑制した。

なお、原告について、他の患者からうるさいとのクレームが出ていた。

病院側の対応

 看護師が原告に抑制を行ったことは認めるが、原告は興奮状態に陥り、不穏行動を繰り返していたため、抑制は原告の身体を抑制する切迫性及び緊急性があった状況下で行われたやむを得ない必要最低限の措置であり、違法性はない。

また、原告に対する抑制は体幹拘束にとどめており、四肢は動かせた上、当初は予備ベルトを使用しなかったため、ある程度体幹を動かすことも可能であり、抑制時間も数時間であった。

被告医師は原告妻に緊急の場合に事前の承諾なく身体抑制をすることを説明し、原告妻は同意書に署名して、これに同意した。その場にいた原告にも署名を求めたが、原告は不穏状態であり、署名をすることができる状況ではなかった。

 裁判結果

 入院患者の身体を抑制することは、その患者の受傷を防止するなどのために必要やむを得ないと認められる事情がある場合にのみ許容されるべきであるとの規範を示したうえ、以下の通り判断した。

 本件抑制当時、興奮状態にあった原告が歩行中やベッドから起き上がる際に転倒するなどして骨折等の重大な傷害を負ったり、カテーテルを外し出血等に至ったりする危険は極めて高かったというべきである。

 本件病院の医師や看護師は、数時間にわたり、原告の申出に応じてその訴えを傾聴したり、入院継続の必要性を説明したりして落ち着かせようと試みたものの、原告の興奮状態は繰り返し生じたこと、他方で、当時、当直の看護師4名で入院患者45名に対応していたことからすれば、看護師が常時原告に付き添って対応することは困難であったと考えられること、原告は慢性腎不全等の腎臓の疾患を患い透析治療を受けていたから、薬効の強い向精神薬等を服用させることはできなかったこと等を踏まえると、本件抑制当時、他に上記危険を防止する適切な代替方法がなかったと認められる。

さらに、本件抑制の態様は、体幹ベルトによって原告の体幹をベッドに固定するというものであるところ、原告による歩行や転倒その他の危険な行為を防ぐためには適切なものといえる。その時間も、4時間半程度であり、深夜午前1時30分ころから、妻や日勤の看護師が来院し、原告に常時対応することが可能になる朝までの時間に限られていたということができる。

本件拘束は(被告病院に設けられた行動制限に関する)指針所定の手続の基本的な内容を履践したものと評価することができる。

以上を踏まえると、本件抑制は、原告の療養監護に当たっていた医師及び看護師が興奮状態に陥った原告が重大な傷害を負う危険を避けるため緊急やむを得ず行った行為であって、不法行為として違法ということはできない。

 また、看護師が原告に声をかけたとしても、そのことから被告病院内にて抑制の経緯が知れ渡っていたなどということはできず、その他これを認めるに足りる証拠または事実はない。したがって原告の主張はいずれの理由がないからこれを棄却とする。

 コメント

 医療機関においては、病気そのものの辛さや、治療行為の効果に対する不信感等から、クレームの態様が過激になりがちです。

他方、患者の行動やクレーム内容がいかに過激であった場合であっても、病院として行う身体拘束等の措置は権利侵害・人権侵害の危険を伴うため、慎重な対応が必要となります。

 本裁判例では、身体抑制が「受傷を防止するなどのために必要やむを得ないと認められる事情がある場合にのみ許容される」としたうえ、病院として定めていた指針に沿った身体拘束であったかを認定することで、手続的に適正な身体拘束であったかについても適法性判断にあたり加味しています。

 今後のクレーム対応を検討するにあたっても、看護師をはじめとした患者に直接対応にあたるスタッフへの十分な研修・教育に加え、身体抑制に対する指針の策定・周知も重要であるといえます。

 

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