裁判年月日
東京地裁平成15年9月25日判決
概要
老人性白内障の治療のため被告病院に入院し、手術を受けた患者(当時82歳の女性)が、手術当日の夜間に一人でトイレに行こうとしてベッドから転落したことにより右大腿骨を骨折し、その後に右大腿骨骨頭壊死を発症した事案
クレーム内容(原告の主張)
原告は、主に以下の3点を病院の過失(注意義務違反)として主張。
1. トイレ介助等の義務違反:患者が高齢で視力障害もあり、転倒の危険が高かったことから、頻繁に巡回して排尿を促すなどの適時のトイレ介助を行うか、移動せず排泄できる簡易便器を用意すべきであった。
2. ナースコールに関する説明義務違反:失明状態に近い患者にとって命綱であるナースコールボタンについて、使用方法の十分な説明やテスト、手元への確実な配置を怠った。
3. ベッド柵の設置義務違反:転落防止のため、ベッドの柵を常時上げておくべきであったにもかかわらず、これを怠った。
裁判結果
請求棄却 主な判断理由は以下の通り。
• トイレ介助について:病院にナースコールシステムがあり、患者がその意義を理解し使用できる能力がある場合は、それを前提とした看護体制を採れば足りる。今回の患者は、過去の入院経験からナースコールの意味を理解しており、自立した生活を送っていたことから、病院側に排尿間隔を把握して介助したり、簡易便器を強制したりする義務までは認められない。
• ナースコールの説明について:患者は以前の入院でナースコールを使用した経験があり、十分に理解していたと認められる。また、視力も完全に失われていたわけではなく、ナースコールボタンの認識は可能であったため、説明の有無と事故との間に因果関係はない。
• ベッド柵について:ベッド柵は「就寝中に誤って落ちるのを防ぐもの」であり、「患者が自ら降りようとするのを防ぐもの」ではない。仮に柵が上がっていても、患者が自ら下げたり隙間から降りたりすることは可能であったため、柵が下がっていたことと転落事故との間に因果関係は認められない。
コメント
入院中の事故によって患者が怪我をする事案は散見されます。 そのような場合に、病院として管理責任や事故防止についての義務違反として損害賠償請求を受けないために、事故発生防止のためにいかなる措置をとるべきかという点に関して参考になる裁判例です。 裁判結果にある通り、病院として、個々の入院患者が抱える障害や疾病の状況に応じた配慮が必要とされる場合があるものの、あらゆるリスク・可能性を想定した体制を備える必要があるというものではなく、本人の障害の状況に対する配慮と通常想定される病院施設の備えがあれば、結果として事故が発生したとしても病院が法的責任を負うものではないといえます。
なお、本裁判例において原告は、ナースコールボタンについて説明がなかったためナースコールボタンを探しても見つからず、ベッド上で四つんばいになって手探りでナースコールボタンを探しているうちにベッドから落ちたと主張していますが、当該主張は後になってなされたものであり、本件事故発生直後に本人は「トイレに行こうとベッドから降りようとして足先がつるっと滑った。」と述べていたことが認定され、結果として原告の主張は採用されていません。 このように、患者が病院側に何らかのクレームをする際、後に請求が認められるようにするために事実を誇張し、または事実と異なる主張をすることは珍しくありません。 店舗などと異なり、患者とのやり取りを録音したり録画するということが必ずしも容易ではない医療施設においては、事故発生直後の患者の訴え(どこが痛いといったものだけでなく、なぜそのような事故が発生したのか)について、具体的に聴取したうえで記録化することが肝要です。 後に裁判等の紛争になった場合にも、事故直後における証言との齟齬を指摘することができるからです。 この場合、事情を聴取した看護師等から上長に対する電子メールによる報告をするなど、後に改善することが容易ではない証拠を残すことで、万が一裁判になった場合に備えることが有益です。
