介護事業者に対する損害賠償請求事件

裁判年月日

東京地方裁判所平成2786日判決

 概要

 被告からデイサービスを受けていた亡Bの子である原告らが、解除事由がないのに被告が訪問介護契約を解除し、亡Bに対するサービスを停止したことにより、その約3ヶ月後に亡Bは死亡したなどと主張して、被告に対し、不法行為又は債務不履行に基づきそれぞれ損害賠償を求めた事案。

 クレーム内容

 亡Bは被告との間の訪問介護契約に基づき、被告から1週間のうち6日、1日につき1時間のデイサービスを受けていた。被告は原告のヘルパーに対する暴力行為によりサービスを継続し難い理由があるとして、上記契約を解除し、Bに対するサービスを停止したが、その解除には解除事由がなく、仮に解除事由があったとしても、本件解除は、無催告であり又は予告期間がないからサービスの停止は違法であり、あるいはBの身体の安全を確保する注意義務に違反したものであるところ、サービスを停止された3週間後にBは脳出血を発症し、約3ヶ月後に死亡した。

 事業者側の主張

 原告は被告担当者に対して、一方的に契約外のサービスの提供を要求し、被告担当者がこれを断ると、理不尽に怒鳴り散らかすことが度々あり、あげくに被告のサービス責任者であるDに塩を投げつける暴力行為に及び、さらには、虚偽を述べて区や国保連に苦情を申し立てるなどした。これらの行為により、原告は被告との信頼関係を根本から破壊し、被告が本件契約を継続し難いほどの配信行為に及んだものである。

 被告は関係機関と協議を重ね、区の介護保険課とも相談して、Bに対する介護支援に支障を来さないよう被告に替わる訪問介護事業者を紹介する段取りを整えたうえでBに対し本件契約を解除する旨を内容証明郵便にて通知した。

なお、本件解除に至る過程において、複数の被告所属ヘルパーが、原告からサービスの範囲を逸脱した指示を受け、それを拒むと原告から怒鳴られる等していた。また、被告ヘルパーがサービス提供をする前提として食器が片付けられている必要があったが、原告が使用した食器類で台所があふれかえっており、被告ヘルパーは調理が行えなかった。そのため、被告ヘルパーは原告に対し、台所の片づけを協力するように促したが、原告は反発して怒鳴るばかりで、協力をしようとはしなかった。

 裁判結果

 原告には、介護サービスを受ける家族として、サービスへの協力や対応に問題があって被告やそのヘルパー等が対応に苦慮し、その信頼関係が失われつつあったところ、さらに原告が被告ヘルパーに対して暴力行為に及んだものであり、このような経過に照らせば、被告が本件契約によるサービスの提供を継続することは困難であり、本件契約を継続し難いほどの背信理由があったものとして、本件契約に解除事由があるとした被告の判断は相当であったものと認めらる。

被告は関係機関とも協議の上で連携しながら本件解除に及んでいること、本件解除前に被告に替わる事業所への引き継ぎを要請したが、原告が強く反発していたため、事業所の引き継ぎを行うことができなかったこと、原告は、本件解除の通知を受けた後、代替えのサービスの提供について打診を受けた際も、そのサービスを受ければ被告の主張を認めたことになるとか、裁判で不利になるなどという理由で、他の事業者からBに対する代替えのサービスを優先することなかったことからすれば、Bが直ちに代替えのサービスを受ける切迫した必要性が高かったものともいえないことなどを総合すると、本件解除が無催告であり又は予告期間がないことによって、その効力を制限しなければならないような事情があったとは言えない。

Bは本件契約の解除後によるサービス停止の3週間後に脳出血を発症し、約3ヶ月後に死亡したものの、被告のサービス内容からするに、被告のサービスの停止とBの死亡との間に相当因果関係があるものとは認められない。

したがって、本件解除が無催告であり又は予告期間のないこと等を理由として、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償を求める原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

コメント

 介護事業においては、不当クレームが頻繁に生じ、且つその内容もエスカレートしやすい傾向にあるといえます。その理由は種々ありますが、例えば訪問介護においては、利用者の居住空間に事業者が訪問する形となるため、利用者又はその家族の生活の場で行われるサービスという性質上、利用者らが介護者に対して横柄な態度や理不尽な態度をとる環境であるということも一因といえるかもしれません。

 本件における原告の行為も、介護事業においてみられる典型的なカスタマーハラスメントであり、事業者としてはこのようなカスタマーハラスメントからいかに従業員を守るかという点が、安全配慮義務の観点からも重要となってきます。

また、本件においては、原告は訴訟において、自らが行ったハラスメント行為の存在を否定していますが、訪問介護のような密室空間のハラスメントは立証が難しいという特徴があります。このような事態に備え、事業者としてはカスタマーハラスメントが発生した場合には直ちに証拠化できるような体制を整えておくことが肝要です。

 なお、本件では解除そのものが不法行為になるかという点が争われているところ、本件のようなカスタマーハラスメントが生じた場合に備え、あらゆる場面を想定して、直ちに契約関係を解消し、従業員を守ることができるような介護利用契約を締結しておくことも重要なポイントといえます。

ページトップへ